パナマ/レリダ農園入荷

レリダ農園は、パナマで初めて海外に輸出をされたコーヒー農園として知られている
ボケテエリア位置する伝統ある農園です。バル火山の裾野1800mという標高は、
ボケテでも1位2位を争う高い標高をもつ農園として非常に有名で、しなやかな質感の
中に上品でトロピカルフルーツ系のフレーバーが重なるような上質なコーヒーを生産
しベスト・オブ・パナマなどでも知っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか
f0152158_88471.jpg

 レリダ農園の歴史は古く、1900年初頭まで遡ります。当時、ドイツ・ドレスデンの
ロイヤルカレッジを卒業し、ノルウェーのエンジニアになったトーレス・バッチ・モニ
ーク氏は、エンジニアとしてパナマ運河の建設の為、パナマに赴きます。そして、パナ
マ運河の巨大なドッグや、緊急ハッチの建設に携わっていました。
f0152158_810264.jpg

パナマ運河の高温多湿の環境を避け、療養の為ボケテを訪れたのが1911年。年間を通
して自然豊かな草原と熱帯林に囲まれた土地を気に入り、1924年、妻のジュリアさん
と移住を決心し、レリダ農園が開かれました。1929年、エンジニアをしていたつな
がりや、出身などの巡り会わせもあり、レリダはパナマ産のコーヒーとしては初めて、
ドイツへ輸出されます。これを機に、ヨーロッパでのパナマ産のコーヒーが高く評価さ
れ大きな影響を与えたと言われています。また、当時の買い付け価格のおよそ3倍もの
価格で取引されたという記録も残っており、当時から高い評価を受けていた事実を伺い
知ることができます。
f0152158_8115860.jpg

そんな中、パナマ運河建設において当時大きな問題の1つとされていたマラリア。実は、
当時のパナマ運河建設計画は、2度目。1度目は1880年にフランス政府の後押しで
始まりますが、黄熱病やマラリアの影響で多くの犠牲者を生み1889年に1度打ち切
られました。その後、ワクチンや蚊対策などを徹底的に行いトーレス氏が派遣された2
度目の建設計画が進みました。しかしながらトーレス氏も重傷にならなかったものの幾
度もマラリアに感染し療養を余儀なくされます。
f0152158_811471.jpg

また、彼はエンジニアとしての技術を活かし“sifon”という選別機を考案、特許も獲得
しました。この選別機は現在も世界中のコーヒー生産者に使われており、フィンカレリ
ダの生産処理においても、もちろん使用されいます。当時から優れた品質のコーヒーを
生み出す為に努力を惜しまない姿は、今のスペシャルティコーヒーの流れを先読みして
いたのかもしれません。レリダ農園は、現在チアリ・ファミリーによって管理されてい
ます。
コーヒーの栽培管理、農園周辺の原生林の保全を行い、農園の中央に位置するホテル『
Hotel Boutique Finca Lerida』に訪問者の為の滞在設備を設け、ボケテで最も伝統が
あり、クオリティ技術の高い有数の名農園として知られています。
f0152158_8123290.jpg

レリダは、非常にフルーティなフレーバーとクリーンなカップが特徴的です。チョコレ
ートのような甘い余韻があり、焼きわけでも多様な印象を感じます。少し焙煎を進めま
すとベイクドアップルのようなフレーバーで甘さを強調したカップに感じました。
 
by sarasa-kan | 2015-03-19 08:13 | *スペシャルティコーヒー